Neil and Rush and Me

Neil PeartのドラムとRushの音楽をこよなく愛する大学教員の日記(雑記)帳です。

財布を失くす(シドニー51日目)

シドニーに来てからいちばん長い一日であった。

財布を失くした。いや、正確に書くと、財布を失くしたことに気が付いた。今朝、出勤準備をしている時のことだ。思い返せば、昨日も財布を見かけなかったような気がする。昨日は一日中家にいて外出しなかったので、さほど心に留まらなかったのだ。しかし、失くしたのだとしても、どこで失くしたのか、まったく見当がつかない。一昨日の晩、Matthewの家から下宿までタクシーで帰ってきて、降りる際にお金を払ったから、その時はまだ100%財布を手に持っていた。タクシーを降りた場所は下宿の目の前。歩いた距離は4〜5メートル。その間に落としたのか? しかし、小銭がけっこう入っていて少し重たくなっていた財布だから、体から離れれば気が付くし、落とした時に音も聞こえるはず。タクシーの中に忘れた? ミステリーだ。

とにかく、自分の部屋を隅から隅まで探したが、それでも見つからない。財布の中には、400豪ドルほどの現金以外に、キャッシュカード、クレジットカード、職員証を兼ねた図書館入館証が入っている。どれもこれも大事なものばかりだ。しかも、現時点で僕は一文無しになってしまっている。さすがに落胆し動揺した。天を仰いだ。

しかし、嘆いてはいられない。まずタクシー会社に問い合わせしなければ。タクシーを呼んでくれたのはMatthewなので、彼に相談のメールを書く。ただちに、タクシー会社に提出するlost propertyのformを送ってきてくれた。それを記入してタクシー会社に送信する。すぐに返信あり。もし財布がタクシー会社にあれば、現金がなくなっていたとしても、職員証が残っているはずだから、当然僕の身元はわかる。シドニー大のスタッフのVanessaとBartに「もしタクシー会社から連絡があったら、大至急それを僕に伝えてください」とメールする。

現金のほうは諦めざるをえないが、カードの不正利用だけはどんなことがあっても阻止しなければならない。幸い、キャッシュカード(MUFG)もクレジットカード(DC)も、オーストラリアに専用の相談窓口(フリーダイヤル)が設けられている。そこに電話すれば、ただちにカードの利用を止めてもらえるはず。しかし、僕は携帯を持っておらず、下宿に固定電話がないので、電話をかけようにもかけられない。これは研究室へ行って、そこからかけるしかない。一文無しだが、幸いOPAL CARDは失くしていないので、電車・バスには乗れる。Newtown駅を目指して歩くことにする。

ここで小さな奇跡が一つ起きる。僕は13年前にエジンバラで在外研究を行った際、Bank of Scotlandに口座を作った。在外研究を終えて帰国する際、それを閉じるかどうか迷ったが、その時点では二度目の在外研究をエジンバラで送る可能性があったので(実際そのつもりだったので)閉じないで置いておくことにした。日本円に換算して20〜30万円くらいを口座に残したままにした。その口座はその後ずっと生きていて、Bank of Scotlandから定期的に口座の明細証が送られてきていた。実はその口座のキャッシュカードを今回シドニーに持ってきていたのだ。シドニーからイギリスへ学会出張する可能性もあるだろう、と思って。そのBank of ScotlandのキャッシュカードをNewtown駅前のATMに入れてみたら、何とお金が引き出せた。300豪ドル。これでここ数日の生活費は何とか確保できた。捨てる神あれば拾う神あり!

そして、研究室へ。ところがここで誤算発生。研究室の電話がフリーダイヤルに対応していないのだ。かけられない。仕方がないので、Redfern駅前まで行って、そこの公衆電話からかけた。相談窓口につながった。キャッシュカードもクレジットカードも違法に使われた形跡はなかった。被害金額ゼロ。ラッキーだった。使用中止の手続きを両カードに対してすぐに行った。ここまではスムーズだったが、再発行手続きのほうは少々トラぶった。

MUFGのキャッシュカードはインターナショナルバンクカードを謳ってるわりに、海外で盗難・紛失にあった場合でも、新しいカードは口座を持っている西院支店に僕本人が来店しないと受け取れない、というルールらしい。でもこちらは9月末までシドニーに滞在する。キャッシュカードの再発行だけのために帰国することはありえない(そもそも日本に帰るための飛行機代がない)。再発行は帰国後でないとできない? もしそうだとしたら、MUFGのキャッシュカードだけでシドニー生活を送っていた人はどうなるわけ? これのどこがインターナショナルバンクカードだ? 「詳細は西院支店の営業時間に直接電話してお尋ねください」って、こちらはほとんど一文無しだと言ってるじゃない。しかも、国際電話料金こちら持ちって、なんやそれは? このサービスの悪さはなんだ? 銀行が信用管理に厳格なのは理解できるけど、ここまで厳格だと使い物にならないよ。

他方、DC CARDの対応は(MUFGの子会社であるにもかかわらず)丁寧かつ迅速で素晴らしかった。早くも明後日には緊急用カードが届けられる。再発行費用はゼロ。ゴールド会員の威力炸裂だ。これで年会費のもとがとれた。結局、シドニーでの残りの期間はキャッシュカードなしで、クレジットカードのみで暮らしていくことになりそう。クレジットカードでキャッシングができるので、生活に不便はないのだけれど、MUFGの無慈悲な対応に何とも言えないモヤモヤ感が残る、

何はともあれ、今回は本当に運が良かった。職員証のほうはBartが迅速に手続きを進めてくれた。古い職員証はすでに使用中止となり、明日にも新しい職員証を受け取れる段取りだ。被害額は失った現金(400豪ドル)のみ。カードのほうの被害額はゼロ。バンク・オブ・スコットランドのキャッシュカードのおかげで、新しいクレジットカードが届くまでの生活費も何とか工面できた。失った400ドルはシドニー生活を楽しむためのちょっと高めのレッスン料だったな。

そして帰宅。今日は僕が三人分の夕食を作る番だったので、麻婆豆腐を作った。わいわいがやがや話しながら笑い飛ばすと、気持ちも晴れてくる。Patyから、「ノブ、あなたは他人を信じすぎ。基本的に私は他人を信じていないから(I don't trust anyone)、財布には絶対に50ドル以上入れないようにしてるわ。400ドルなんて入れ過ぎ」と諭される始末。「実は僕の名前のノブの意味はtrustなんです」と返事したら、大笑い。GarethはPatyに「君はもう少し他人を信じた方がいいんじゃないか」と突っ込んでたけれども。

本当にたくさんの人に助けられた一日だった。朝ごはん、昼ご飯とも食べなかった(食べられなかった)から、その反動で夕食で食べ過ぎてしまい、お腹が苦しい。夕食の後、Matthew、Bart、Vanessaの三人にお騒がせしたことを詫び、皆さんのおかげで最悪の事態を免れることができたという感謝の気持ちを伝えるやや長文のメールを書く。