Neil and Rush and Me

Neil PeartのドラムとRushの音楽をこよなく愛する大学教員の日記(雑記)帳です。

「このままではまずい!」

2限、「経済学説史」。春学期最終回。『国富論』第5篇を概説する。試験問題(論述)発表。発表した5題のうち実際に出題されるのは3題。くれぐれもヤマを張って絞り込まずに、5題すべて勉強してもらいたい。レジュメに即して教科書をまとめればそれでOK。

3限、「経済学説史」の期末試験問題の最終チェックを行って、教務センターに提出する。

4・5限は本来は大学院(修士課程論文指導)だが、主役のMTK君が就職活動で欠席のため休講となる。ボーナスのように支給された自由時間。ただちにHETSAの準備(パワーポイントスライドとプロンプトの作成)を進めたかったが、なぜか今日も頭が動いてくれない。さすがに「このままではまずい!」と思い、キャンパス内を20〜30分ほど散歩して、気分転換を図ってみる。太陽の光を浴びたら、頭の中の靄が少しずつ晴れてきた。15時半くらいからようやく頭が動き始めた。しかし、作成できたスライドは3枚、プロンプトはA4・1枚。全体の4分の1にも満たない。本当に明日が勝負である。明日一日で完成させなければ・・・。

たまたま今日は書き留めておくべきことがたくさんある。

  • 昨晩、藤子不二雄A『劇画・毛沢東伝』を一気に読み終えてしまった勢いで、『毛沢東語録』を読みながら出勤する。マルクスレーニンの名前を耳にすると、「かなり昔の人」というイメージが個人的に強いのだが、毛沢東は僕が生まれた時にはまだバリバリ現役の政治家だったわけで、その同時代性が何とも言えない親近感を僕の心の中に醸し出す。彼の思想に共鳴することは断固としてないけれども、「知らない」「興味がない」では絶対にすまされない偉大(かつ悲劇的)な人物であることだけははっきりしている。『語録』の出版部数は50数億冊とのこと。桁違いのスケールに圧倒される。僕は毛沢東のことを知らなさすぎる。もっともっと知りたい。やはり勉強は楽しい。

劇画毛沢東伝

劇画毛沢東伝

毛沢東語録 (平凡社ライブラリー)

毛沢東語録 (平凡社ライブラリー)

  • このブログ(日記)の親サイトにあたる「http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~nakazawa/index.htm」がいつの間にやら、20万ヒットを突破していた。まったく気がつかなかった。2002年9月13日に開設して以来、7年弱で到達した数字なのだが、今でも一日の平均ヒット数は80前後で、ダブルカウントしないカウンタなので、計算してみると「80×365×7=204400」となり、驚くほど安定したヒットを続けていることがわかる。要するに、固定メンバー(ゼミ生+親しい同業者)が見てくれている、ということなのだろうが(苦笑)。
  • 大学時代に所属していた劇団の同期Y君が不慮の事故でこの世を去ってから、今年で17回目の夏を迎える。彼は筋金入りのビートルズ・ファンで、そんな彼のビートルズ・コレクションを聴きながらありし日の彼を偲ぶ会が、彼の故郷の岡山で7月25・26日に開催されるとの連絡が、昨日同期のS君から届いた。かつての劇団仲間も多数参加するらしい。その2日間は福井に出張しており(経済学史学会関西部会例会)、どうしても参加できない。とても申し訳なく残念に思う。
  • 昨日、K勝平太先生がS岡県知事に当選された。K勝先生は僕が学部時代にいちばん惚れ込んでいた学者(専門は日本経済史)で、彼の綿業理論について卒業論文を書き、さらには弟子になろうとまでして、当時勤務されていた都西北大学の大学院を受験した。幸い、大学院には合格したが、日本経済史が自分に向いていないことはわかっていた(古文が大の苦手)ため、さんざん悩んだあげく、最終的には辞退して、北大和川大学に進学した。辞退を連絡する手紙を書くのはとても辛かった。しかし、「北大和川大学は素晴らしい大学だから、そこでしっかり頑張りなさい」という激励のお返事をいただいて、ものすごく感激した。人生の大いなる岐路であった。もしあのまま都西北に進学していたら、僕はどんな人生を送っていたのだろうか? 少なくとも千里山大学で経済学史を教えてはいないな。

日本文明と近代西洋 「鎖国」再考 (NHKブックス)

日本文明と近代西洋 「鎖国」再考 (NHKブックス)

腹筋3セット。BGMはこれ。

リズム・オヴ・タイム

リズム・オヴ・タイム