Neil and Rush and Me

Neil PeartのドラムとRushの音楽をこよなく愛する大学教員の日記(雑記)帳です。

卒業論文報告会(最後の授業参観)

卒業論文報告会


一昨年(2期生)から始まった卒業論文報告会も今年で3回目を迎える。今やnakcazawaゼミの年頭の恒例行事として定着しつつあると言ってもよいだろう。

例年、卒業を目前に控えた4回生のご家族と経済学部教員に案内状を送付しているのだが、今回からお隣りの学部である商学部の教員にも案内状を送付することにした。昨年は報告者(3期生)12名に対して42名の参観者があったが*1、今年は昨年以上に盛況で、報告者6名(4期生)に対して45名もの参観者があった。*2

この報告会は「最後の授業参観」と銘打たれている。そのことからおわかりいただけるように、最も重要なゲストはゼミ生のご父母である。4年間支払っていただいた学費が有益に使われた(無駄に使われなかった)ことをご自身の目で確認していただきたいわけだ。一般企業では買っていただいた商品の品質を保証するのは当たり前であるが、残念ながら大学の世界では買っていただいた教育サービスの品質保証はまったく不十分である。千里山大学経済学部が提供する教育サービスすべてに対して品質保証をすることは、巨大組織の一構成員にすぎない僕には不可能な相談であるが、せめて自分の名前で提供している教育サービスくらいは品質保証に努めたい。その小さな努力の一つがこの報告会である。

最近の僕の卒論指導方針*3はとてもシンプルなものだ。原則としてテーマは自由(経済に関係しているほうが好ましいが絶対ではない)。ただし「学生時代にこの問題に決着をつけておかないと自分はこれから先生きていけないと思えるようなテーマ」「あなたでないと選ばないようなテーマ」「聴衆から『いかにもあなたらしいテーマだよね』と言ってもらえるようなテーマ」「あなたのこれまでの20+α年の人生模様が如実に反映されているようなテーマ」を選ぶようにしなさい、と。4回生後期のゼミは卒論の中間報告に充てているが、その際も「それが君の本心か?いちばん言いたいことか?自分の気持ちに嘘をついていないか?」という突っ込みを僕はひたすら繰り返している。テーマの性質上、論文内容について「正しい/間違い」と軍配を挙げることはできないはずなので、初歩的な事実誤認を除いて、内容をいじくることはしない。このような指導方針をとっていると、非常に面白い現象が起きる。こんな発言・質問がゼミ生の間で自然と交わされるようになるのだ。

「みんな、教えて欲しいんやけど、私の本心はどこにあるように聞こえる? 自分でも何が言いたいのか、最近わからんようになってきた。」

「僕が聞いているかぎりの印象では・・・さんの本心はAのほうに寄っている気がするんや。でも、そのわりには『Bが大事』って連発しているから、すごく気持ち悪いよなぁ。」

「そうやろ、そうやろ。だから私も気持ち悪いねん。この気持ち悪さを取り除きたいねん。」

伝えるべき相手・伝えたい相手がそこにいてくれるからこそ、言葉として具体化される思いがある。単位のためにではなく、自分の言葉に耳を傾けてくれる大切な人のために書く。そのようにして生み出された言葉はもはや自分の身体の一部、分身である。ハンナ・アレント*4流に言えば、それは「活動action」「仕事work」ではあっても、絶対に「労働labour」ではない。

直前になるまでなかなかエンジンのかからないゼミ生たちに毎年のように悩まされながらも、この報告会を開催するようになってから、卒論執筆の途中放棄・断念はまったくなくなった。

今年のプログラムは以下のようなものであった。各々につき報告20分、質疑応答10分。

  • 第1報告「介護保険制度の考察とさらなる問題〜小さい政府対大きい政府〜」
  • 第2報告「稼ぐが勝ちという前に」
  • 第3報告「コミュニケーションテクニックと信頼関係」
  • 第4報告「色彩の社会経済学」
  • 第5報告「人類解放計画〜自我至上主義の自我喪失〜」
  • 第6報告「本当の異文化交流を求めて〜多文化主義の再検討〜」

ある方がアンケートに以下のような感想を記してくださった。このような最高の褒め言葉をいただけたことは指導教員として望外の喜びである。

報告会の運営については工夫すべきところがたくさんあるかと思いますが、いちばん大事な報告の内容は、自分の言葉で語られ、“魂”の込められたものばかりですばらしい。

帰宅したら年賀状がさらにもう1通・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/nakcazawa/20060107

*2:現役ゼミ生27名+卒業生8名(大学院生を含む)+ゼミ生のご家族の方々7名+経済学部教員2名+商学部教員1名

*3:ちなみに、阿部謹也自分のなかに歴史をよむ (ちくまプリマーブックス (15))』がタネ本。学部学生時代の阿部が師の上原専禄からどのような卒論指導を受けたのかが紹介されている。

*4:人間の条件 (ちくま学芸文庫)